京都府在住の三男は小さい頃から大人しい?子供でした。兄たちと違い、問題を起こしたのは
1度だけで、クラスの女子をのけ者にしたらしく、大勢で謝罪に行ったくらいです。
スイミングスクール・小獅子連・習字・公文・野球と意欲的で積極的な男子に育ちました。
小学生から、なりたい職業があったせいかもしれません。高校を選ぶ時は迷って弱気に
なりました。なりたい職業から逆算すると、大学は?高校は?どこが有利か考えて選ぶ事を
勧め、入学後に学力不足で困らない様に今から読書、勉強をしっかり、やる事を言いました。
推薦入学に落ちたのが幸いでした。推薦入学出来たら、あと勉強は、しなくなりますから。
入試まで勉強して、入学までも勉強を続けるのです。差は、ここでも生まれます。
どんな職業でも高学力が便利です。決して邪魔には、なりません。勉強して後悔はしません。
高校を卒業の日に、ある先生に言われました。”お兄ちゃん方には、教えられなかった分、
△△君には,みっちり教えましたから、お母さん、安心してください。” との事でした。
高校を卒業し、京都の大学へ進んだので、1人暮らしの始まりです。高校は兄達の高校と違い
バイトが禁止でしたから、家事もできない、掃除・料理何にもできなくて困るだろうなあ。
コンビニ・コインランドリー・食堂・学食と便利な物があるから自分で何とかするでしょう。
覚悟の上で京都へ行くのだから。1つ可哀そうだったのは肋骨に、ひびが入っている状態で
京都へ向かわなければならなかった事。野球の部活で衝突していたのでした。
荷物も届く筈で、日延べはできず、大変だったと思います。授業料は親が負担し、生活費は
自分で稼ぐことが条件でした。お金が足りなくなるとメールが届きます。郵便局から、息子の
口座に入金します。これを何回繰り返したでしょうか?まだ捨てずにありますが、見るのが
怖いです。親だもの、愛情と責任からです。愛情と責任には、お金がかかります。
お盆・年末年始は金もないくせに、帰省します。○○駅まで迎えに行くと所持金2ケタと
言うでは有りませんか。水だけで、食わないで来たみたいです。すぐに腹ごしらえ。
何日間か、のおんびりして、また京都へ戻って行く。ここへ戻りたいとは言わないから
京都の生活は面白いのだろう。知ってる人が誰もいない土地で、のびのびと暮らしているに
違いない。とはいえ、学校へ行きながら生活費を稼ぐのは中々苦労する。経験してるから
分ります。家では”ああ、これで何食べるか、考える事,無いなあ.”と言ってました。
親に言えない経験もしたと思います。若い時の苦労と経験は後々の宝とか生活力になり
ます。大きな財産です。使い切れない程の、金を残してやれない分、経験、学力、思いも
三男にも、あげれたと思います。三男で親と一緒の時間が一番短いです。せっせと、息子の
好物を贈り、自分を慰めています。子離れが出来てない親です。内村航平ママと一緒です。
子離れ出来てないと、内村航平ママは、言われてますが、何が悪いの? 大きなお世話よね!
60代になってからは、他人に何を言われても、平気になりました。勿論 夫からもです。
今、生きている人は、み~んな100年後には、いなくなってるのだから。自分も。
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